それはたった2頭なのにまさにテレビで見る馬の軍団がおしよせるような蹄の音だった。 馬はあっというまに駆け抜けてしまったが、3男が若干遅れをとりながらも必至で食い下がっていた。
そのスピードに負けそうになっているようではあったが、とにかく負けまいとする意地は傍目にも明らかだった。
その時は彼がまだ小学生かと思っていたのでただその根性に驚いたが後で14歳であることをきいてなんとなく納得するものがあった。
三男の彼が14歳で次男が18、長男が21だというのは最後の日になって知ったことだ。14歳になった彼としては、まだまだおにいちゃん達には及ばないけれどもでもう少しで近づける年齢になっている。
彼は彼なりの役割を担ってやってきてはいただろうが、お兄ちゃん達がやることには到底及ばない。いつかはああなりたいしならなければならない、という思いは間違いなくあるはずだ。
いろいろな場面で彼が見せる頑張りを私は競争心と思っていたが、それは競争心ではなくまず達成しなければならない目標だったのだろう。
彼の兄を追いつくことが彼にとってまじかの目標であったとしてもそれが最終的な目標であることはないはずだ。兄と優劣を競うことが彼の目的ではなく、彼にとって彼の兄たちは規範でありお手本であり達成すべき身近な目標にすぎない。
体の違いは歴然としたものがあるがあと何年かたてばそれも克服するだろう。彼が対等に彼らと対峙する日もそう遠くはないし彼がこれから相手にしていかなければならないのは、動物を含めた広大な自然だ。
人との競争を云々するレベルではない。自然は人が力を合わせても立ち向かえないほどの力をもっている。
最終日一通りがの予定が終わり帰路についた時今まで後方につめていた三男が先頭の長男と談笑しながらゆったりと歩を進めていた。
こちらも今までの緊張が解けたような和やかな気分になった。
それぞれがそれぞれの役割を果たして今兄弟として当たり前に会話しているのだろう。
この3日間この3兄弟が見せてくれたすばらしい連携を改めて思い返した。
多分これが人本来の姿なのだろう。兄弟間でいがみあっている余裕はない。立ち向かうべき大きな相手がいるのだから。
自然から遠ざかった時に人が失った物は大きい。
世界が小さくなればなるほど諍いは大きくなり、人は病んでいく。
残念ながら私が想像したように遊牧民は孤独な旅人ではなかった。彼等は生活のために遊牧しそのためにはお互いの絆が何より大切である。
想像に反してモンゴルは暖かい草原だった。乾いた大地とはうらはらに互いに支え合って生きていく。一面しか見ていないが、単独でゲルがたっていることはないようだ。
荒野を行く旅人は自分の居場所を探す人なのだろう。
自分の居場所とは自分のい心地のよい空間だとつい最近まで思っていた。
その空間とは家具の配置や部屋の広さとかいった物理的なものではないことに気がつかなかった。
自分の居場所とは自分が無理なくいられる場所。自分が自分でいられる場所。
すなわち自分を受け入れてくれる場所であり、価値感を同じくする場所なのだろう。
ビーチリゾートに滞在するからにはプールの良し悪しは大きく影響する。ある程度のホテルになればプールが貧弱でつまらない、ということはないが深すぎて面白くない事はときどきある。
160㎝に若干足りないので、ちょっと深めになると足がたたない。泳ぎが達者なら問題はないが、なんとか泳げるという程度では、心もとない。つま先立ちでなんとか顔が出る程度の所も結構あるが、ここのプールは結構深い。一律ではないので、ちょうど良いところもあるが範囲はあまり広くない。
子供用のプールと大人用がつながっていて橋のあたりで区切りになっている。その橋のあたりがちょうど良い所なのだが、そこは子供や家族連れが遊んでいるので人が多い。
一定の所を行き来しているとすぐに飽きてしまうしそこまで泳ごうという気も今はない。プールは水平線と重なるようにできた私の好きなタイプなのだが、あまりプールでは楽しめなかったのが残念だ。
子供用のプールにはスライダーがあり楽しそうだ。 子供でもいれば一緒に滑れるのだがおばさん一人ではなんとも
プールサイドでぼやっとしていると高い所でゆらゆら揺れている大きなバケツが目に入った。何だろうと思ってよく見ると上から水が注がれて
いる。どうもいっぱいになるとそれがこぼれる仕掛けになっているようだ。 帰りがけに通りかかると数人の子供たちが一列に並びバケツがひっくり返るのを待っていた。係の人か何かがカウントダウンをしていた。
子供が小さい頃には日がなプールサイドで子供たちが遊ぶのを見ていた。こちらもときどきプールにつかったりしているとすぐに夕方になった。子供たちはそういう時には喧嘩もしないで良く遊んでいた。
大人二人になるとプールサイドにいる時間もそう長くはなくなる。あの頃ここに来ていたら子供たちはたいそう喜んだろう。
マレーシアの南端のデサルーに行った時には、スライダーで本当によく遊んでいた。こちらもまだ若かったので一緒になって楽しんだが、あのススライダーは面白かった。
デサルについてはこちらから
ゴールデンウィークの初日だというのに、震災の影響か羽田空港は空いていた。午前1時半35分のフライトだったので夕食は羽田でとることにして早めに家を出た。
それでもいざ食事をしようと思うと入りたい所は混んでいる。結局すぐ入れたハンバーグ屋に入った。
空港という場所がら値段が高いのはある程度しょうがないかもしれないが、気軽に食べられる所が少な過ぎる気がした。
軽く一杯飲みながら時間つぶしをしようと思ったが結局良い場所がなかった。 時間つぶしをするなら浜松町の方が賢明なようだ。
女性同士なら店をのぞいて時間つぶしもできるが、男連れではそれもかなわない。
住まいが都内ではないので、ある程度余裕を持って出てくる必要があるからには、時間つぶしは避けて通れない。 空港での時間つぶしはいつも問題だ。
コタキナバルへ

真夜中だとういうのに、食事が出た。
食べなければ良いのだが、全く無視というのもつまらないのでおつまみ程度に食べた。これも料金のうちなら格安航空というのもありかもしれない。コタキナバル空港へ向けて下降を始める頃、天気が良ければ左側にキナバル山が見えるというアナウンスがあった。今回は右側で全く見えなかった。 残念

コタキナバル着
マレーシア入国時に指紋認証が取り入れられたことは知らなかった。2011年6月からなので、昨年マレーシアに行った直後に導入されたことになる。入国審査の列がなかなか進まない。急ぐ旅ではないが・・・・

コタキナバル空港に着いて外に出ると早朝でも迎えの人達が大勢いた。
今回は到着が朝だったので特に迎えの車も頼まなかった。ざわめく一群を横目にそのまま左に進み、
両替所などの並びにあるタクシーのチケット売り場でチケットを買った。 そのまま進むとタクシー乗り場に出る。
タクシー乗り場には係の人とタクシーしかおらず大半の人はあの迎えの人たちのお世話になった模様だ。
タクシーのドライバーはあまり愛そうの良くないおじさんで、チケットを受け取ると黙って車を出した。
ところが案内されて部屋に入ると、狭い
。 話が違う。 だが良く見るとその部屋にはベッドがない。もしかして部屋はまだある。部屋の先にあるドアを開けると広い部屋があった。
良かった。
朝食も、キナバルラウンジで取れた。夜、また掃除がしてあり、その後山盛りのフルーツが届いた。
5時から7時までは… ラウンジで一杯

キナバルクラブに入ると専用のラウンジが使える。 朝食はもちろん5時から7時まではアルコールとちょっとしたおつまみが楽しめる。 おつまみといっても結構おしゃれな料理が並んでいる。タルト系がおいしい。(^-^)/ ただ夕食時間の早い我々にとっては、なんとも中途半端な量を食べてしまうことになる。チーズ一切れにワイン一杯では済まないので、そこそこお腹にたまる。 十分食べることも可能だが、それは下品すぎる。 遅い昼食を食べた時はカップ麺で締めくくったが。
というわけで、夕方はラウンジ通いが日課となったが、レストランの種類が少ない気がする。
好みにもよるが、メインがビュッフェ、イタリアン、中華なのでちょっと困った。
ラウンジで軽くやってからルームサービスというのもひとつの方法だ。ルームサービスだと種類は限られるが、逆に違った種類の料理をとり混ぜることもできる。ルームサービスというと高くつくイメージがあるが、そんなことはなさそうだし、飲み物はスーパーで仕入れておけば確実に安くすむ。
狭い部屋だと窮屈で嫌だが、今回のようにもう一部屋あるか、食事のスペースが取れる場合は選択肢だろう。ベランダで食べたかったが運ぶのも面倒なので、居間で済ませた。
昨年はキャノピー・ウォークと温泉に多少心ひかれていたが、よくよく調べてみるとどちらもただの観光名所にすぎないように思えてきた。
キナバル山がみえるかどうかは運にまかせるとして、ジャングルの雰囲気を味わいたいと思いキナバル公園だけでも行くことにした。
バスということも考えたが、結果的にはタクシーが一番良かったように思う。乗合バスで行って公園で降ろされてもあの広い公園を歩いて回るのは大変だ。恐らく植物園あたりに行って終わりになっていただろう。
7時半ホテル出発だったが、ガンガン飛ばしてくれたので行く先々はまだ人影がない。常にツアーのバスより一歩先んじる格好になったので、最初はキナバル公園は人気のないところかと思っていた。
このところ天気があまり良くなかったので、大雨でなければ良しとしようと思っていた。
ボルネオのタクシー運転手は英語を話さない人が、多いという。
英語が話せるのだが、ちょっと調子が良さそうなところが気になった。
だが、ボルネオの人の方がすれていないのだろうか、押し付けがましいことがないので助かった。
やっぱり山だ。
それにしてもあまりに陰影がない。山容は、鹿島槍に似ているが、雰囲気は全く違う。鹿島槍は、若武者のようだと形容されたように明るさと活気がある。
思いがけない出現だった。空に張り付いた影絵。富士山のたおやかさに慣れているせいか、恐怖心すら感じる。
時間がたつにつれ雲がわき出した。飽くまで黒い山容を包みこもうとするかのように白い 雲が次々に湧き上がる。
何という山だ。
湧き上がる雲は、早く主役を隠そうとするかのように山を包みにかかっている。
だが山は、それを無視するかのようにあちこちに姿を表す。無言でいて無言でない。何かわけのわからない力を秘めながら。
一時間あまりの思いがけないショーは完全に幕を閉じた。
キナバル公園
キナバルパークはと言えば、イメージと違い全く一般的な公園だった。
勘弁してよ。そんな感じだったが、良くきくと車で行くという。
実際に車で行ってみると歩いている人はほとんどいないし、歩いてもあまり面白いこともなさそうだ。中に宿泊施設や植物園は有るが、やはりキナバル山の登山基地の意味合いが強いのか?
発電所のそばにキナバル山への登山口がある。本来なら目の前にキナバル山がそそり立っているのだろうが、たどりついた時には完全に雲の中だった。
登山口の最初の何メートルかは非常に整備された良い道だ。これがいつどんな形で姿を変えていくのか関心はあったが、怠惰な生活に慣れきった今となっては、頂上を目指す気はさらさら無い。
植物園には、ランがたくさんあるらしいが季節はずれで残念ながら花は咲いていなかった。ただつぼみがあったので、もう少しすれば花を咲かせるものもあるのだろう。
標高がどれくらいなのだろう、朝のうちは結構ひんやりと涼しかった。
それでも、生えている木々がトロピカルなのが面白い。
キナバル山を登る途中でどんな木や花が見られるのか、と無駄な想像をした。シャクナゲや這松でもないだろう。
と思い調べてみたところ、シャクナゲは咲いているようだ。だが、写真で見る限り日本のそれとはだいぶイメージが違う。やはり熱帯ということか。
帰りコタキナバルの町で降ろしてもらい、ウォーターフロントにあるKohinoorでインディアンを食べた。 かなり有名なのだろう、一人の女性は片言ながら日本語を話していた。
2011年5月3日
今日も一日が終わる。
気だるい夕暮れの一時。
サンセットでも楽しみながら冷たいワインをあけて一日を締めくくろうか。
強烈な日差しと水遊びとで疲れた~。

冷えたワインが旨い!
陽は次第に傾いて空の色もあのボルネオブルーが嘘のように朱色に染まり始めた。
雲の色は刻々と色を変ええる。
どんな幕切れが待っているのだろうか。
太陽はゆっくりと水平線の中に降りていきやがて吸い込まれるように海の中へ隠れていった。
さ~夜の始まりだ。
今日はまだ行っていないインディアン・レストランに行ってみよう。
マレーシアは中華系やインド系も多いので日本人の好きなラーメンとカレーの本場物が食べられる。 それにエスニックなマレー系の料理だ。 日本人には嬉しい食文化だ。
とは言っても以前デサルのインピアン・リゾートに行った後シンガポールのナイト・サファリで食べたピラフのしょっぱさがすごく嬉しかった。
インピアン・リゾートはオープン間もなくだったのでレストランの数も少なく中華かマレー料理しか選べない状態だった。 3日位の滞在だったが、朝はだいたい決まったメニューで夜は2つのレストランで「交互に食べるしかない。
3日もたつといわゆる塩辛さに欠けるのか、恐らく甘ったるさに辟易としていたと思う。あまり自覚はなかったが思いも変えずにナイト・サファリでまさに塩っぽい味付けのピラフが本当になつかしかった。
ナンというインディアン・レストランは、インディアンというにはちょっと洗練され過ぎているような感じがした。
充分においしかったし、サービスも悪くはないが「辛く
して」と注文したわりにはあまり辛くなかったのが残念だ。
辛きゃいいってもんじゃないけど、でも食べたかったんだよね。
こうして夜は更けていった。
